上品に嗜む・・・大人の浣腸掲示板 344131

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【手記】診療所での浣腸の記憶

1:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:43:48

みなさま

この新しい掲示板で、みなさまのご投稿に触発されつつ、また温かい励ましもいただいて、私も自らの浣腸体験に基づく手記の投稿を決心いたしました。
この手記の初出は2019年11月ですが、諸事情により完結を待たずに中断・削除しました。今回は旧稿に加筆修正を施し、未完成部分も最後まで書き進める予定です。

みなさまは豊かな経験と優れた文才をお持ちゆえに、性的刺激が上品に散りばめられた多くの手記を残していらっしゃいます。それらはいずれも臨場感溢れる力作で、「珠玉の名作」と呼ぶにふさわしいものです。

私の手記は、浣腸時の「強い羞恥心」と「微かな快感」という記憶の断片を手繰り寄せて、苦心しながら繋ぎ合わせたものにすぎません。ですから、一瞬の処置に関わる記憶の断片だけで、感性豊かな手記を紡ぎ出せるのかという不安もあります。正直なところ、私は手記をみなさまの閲覧に供する価値があるのかと逡巡もしています。とはいえ、他の方々の体験談ばかりを所望して自らの体験談を提供しないというのもフェアではありませんので、貧弱な内容であることを自覚の上で、ここに記したいと思います。

もともと私の文体は堅いのですが、手記では心の機微を柔らかく描写するよう心がけます。文中では、これまでに私が影響を受けたみなさまの手記や投稿と類似した表現もあるかと思いますので、ご了承いただければ幸いに存じます。
現時点で執筆途中であることに加え、執筆の時間的制約もありますので、プロローグからエピローグまで、日にちの間隔を置きながら投稿していく予定です。

あまり偉そうなことを言っていると、後々期待外れということになって、みなさまを失望させてしまいます。どうぞ私の拙い文才もご賢察の上、あまり大きな期待をせずにお待ちいただければ大変ありがたく存じます。 C.


*****************************************************************


「診療所での浣腸の記憶」

プロローグ
1.未知のできごと
2.強い羞恥と微かな悦楽の間で
3.うたかたの日々
エピローグ
2:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:45:10

私は小児科診療所での浣腸が恥ずかしくて大嫌いでした。看護師さんに「浣腸」と言われたら、すぐにお尻の穴を見せなければならず、ひとたびお薬を入れられると、ウンチを出すことから絶対に逃れられなかったからです。
でも、子どもの頃に受けた浣腸のことを、今でもずっと忘れられずにいます。

私は昭和の終わり頃に小学生時代を過ごしました。現在と比べると、当時の小児科では風邪の発熱だけでも浣腸される機会が多かったように思います。私と同世代の方々には共感いただけるのではないでしょうか。

とはいえ、私は便秘で苦しむことがほとんどありませんでしたし、風邪で診療所に連れて行かれることも多くありませんでした。私が受けた2度の浣腸処置を振り返ると、特に強いお腹の張りを感じていなくても、先生の判断で浣腸されることもあり、私は予期せぬ事態に戸惑ったり落胆したりしていました。

私は辛い便秘の解消のために浣腸してもらうのではなく、特にお腹が苦しくなくても浣腸されてしまう状況にありました。浣腸との関わり方の点で、この2つの違いは大きいと思います。なぜなら、後者には処置後に「浣腸されてよかった」と感じられる要素が何一つないのですから。だからこそ、私の記憶の中では、浣腸の恥ずかしい部分が大きくなっていったのかもしれません。

私の場合、近所の小児科診療所での浣腸の時は、仰向けになって膝の裏で両脚を抱える恰好を取らされました。この格好をすると、私のお尻の穴は看護師さんの眼前に差し出され、あとはガラス浣腸器の挿入を待つだけとなります。当時の私は、こうした行為をとても恥ずかしく感じていましたが、おとなしく従っていました。子どもなりにも、「お医者さんが決めたことなのだから、一生懸命我慢しなきゃ」と考えていたので、私の振る舞いは「優等生の浣腸」だったかもしれません。とはいえ、それは外見上のことで、内面はもっと複雑な様相を呈していたのですが。

この手記では、小学4年と小学6年での浣腸の記憶をたどっていきます。
小学4年時の浣腸は何が何だかわからずに、突然の処置に驚きながら、お腹の不思議な感覚も抱いているうちに終わったことを覚えています。
それに対して、小学6年時の浣腸は一瞬の処置であるにもかかわらず、私の感性に決定的な影響を与えるできごととなりました。浣腸処置には強い羞恥を感じましたが、薬液注入時には微かな快感に浸るようになっていました。

ずいぶん昔の話ですので、記憶は断片的で曖昧な部分も多く、意識の錯綜や事実の誤認などもあるかもしれませんが、できるだけ当時の心境を思い起こしながら、ここに書き留めておきたいと思います。
3:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:46:25

小学4年生の時の浣腸は、記憶に残っている最初の浣腸で、何をされているのかよくわからず、戸惑っている間に処置されました。この時の記憶は曖昧な部分が多いのですが、思い出せる範囲で描写したいと思います。

当時、私は風邪を引くと、必ず母に近所の小児科に連れて行かれていました。そこは病院というよりも、小さな診療所でした。

診療所に着くと、受付を済ませ、待合室で検温した後に、順番で診察室に呼ばれます。母と一緒に診察室に入ると、先生は母の説明を聞きながら私を診察します。もともと病院嫌いの私は、何をされるのかと思いながらドキドキしていました。

診察が終わると、看護師さんによって隣の処置室に連れて行かれます。
処置室では、治療器具や薬品類が保管されている棚や、いくつかの椅子の他に、白いカバーを掛けられた黒いビニール製の処置ベッドが2つ置かれていました。この処置ベッドの上で、子どもたちはさまざまな処置を受けます。中には、恐怖や苦痛から、泣き叫んだり抵抗したりする子もいます。処置ベッドの周囲には衝立もカーテンもありませんでしたから、何をされているのかは一目瞭然でした。

物心ついてから、私は病院でぐずったり号泣したりしたことがほとんどありません。この時も、看護師さんに「スカートとタイツを脱いでから、ここで天井を見るように上を向いてね」と言われると、パンツ1枚でおとなしく処置ベッドに仰向けになりました。

この状況からすると、どうやら注射ではなさそうです。とはいえ、これから何をされるのかと考えると、私はますます不安な気持ちになります。
4:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:47:10

しばらくすると、看護師さんがやってきます。手に何かを持っていますが、私にはよく見えません。看護師さんは私の足元に来ると、「じゃあ、パンツ下ろすね」と言って、私の下着を膝あたりまで下げます。さらに、手際よく私の両脚をクイッと持ち上げて、私をオムツ替えのような恰好にします。

「はい、脚を抱えてね。」

(えっ、なに?なにをされるの?)

突然お尻の穴を差し出す恰好にされて、びっくりして看護師さんのいる足元の方に目を向けると、看護師さんが大きなガラス注射器のような物を持っているのが見えます。私は動揺を隠せません。

(えっ、注射なの?あんなに大きな注射?)

看護師さんはすぐに私の不安な様子に気づいて、私を安心させようとします。
「これは注射じゃないから、全然痛くないよ。ほらね。」
注射器のような物の先端部分で、看護師さんは私のお尻をツンツンと突きます。

(あ、ほんとだ)…私はお尻が剥き出しなのを恥ずかしく思いながらも、痛くないことがわかったので、ほんの少しだけほっとします。
と同時に、看護師さんはお尻の穴に先端部分を挿し込んで、お薬を注入し始めます。

(えっ、えっ…なにこれ?…)

私は初めての経験に戸惑いながら、お腹の中にチュルチュルと入ってくるお薬の不思議な感覚に驚きます。ただ、今となっては漠然とした記憶ですが、それはイヤという感覚や苦痛などではありませんでした。

お薬の注入は一瞬にして終わり、下着と服を再び身に付けて処置ベッドから離れると、お腹の中がグルグルとなって、ウンチをしたくなってきます。さっきのお薬がウンチを出させるためのものだったということは、すぐにわかります。

看護師さんの指示通り、トイレに入って和式便器にしゃがみ込むと、すぐに排便が始まりました。排便の時間はそれほど長くなく、やがて看護師さんが排泄物を確認にやってくると終わりです。

私の初めての処置はこのようなものでした。とにかく最初から最後まで未知のできごとだったので、あっという間に過ぎ去ったような気がします。

やがて私は、自分が受けた処置が「浣腸」であったことを知りました。
お腹の中に入ってくるお薬の不思議な感覚に苦痛や嫌悪感はありませんでした。でも、やっぱりあの恰好でお尻の穴を丸出しにされたり、トイレでウンチを出させられたりするのがとても恥ずかしかったので、もう浣腸は二度とされたくないと思いました。

とはいえ、小学6年生になった時に、私は再び診療所で浣腸されることになります。その時の経験は、私の中にさまざまな反応を引き起こし、記憶に深く刻み込まれることになるでしょう。
5:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:47:48

小学6年生の時のできごとはよく覚えていますので、それなりに細部まで再現できるような気がします。それは風邪で久しぶりに学校を休んだ時のできごとでした。私はずっと家で休んでいたかったのですが、やっぱり母は認めてくれません。結局、いつものように私は近所の診療所に連れて行かれました。

少し時代遅れにも見える診療所の古い建物。玄関の引き戸を開けると、消毒臭が鼻を突きます。私の中で一気に不安が募り、気分が落ち込みます。
すぐに受付を済ませ、体温計で熱を測りながら待合室で順番を待ちます。
体温計の水銀の静かな輝き。今の私にはそれさえも冷酷な処置の前触れのように見えてきます。

(今日はお薬だけで済まないかなぁ。イヤな処置がありませんように…。)

私は心細くなり、不安で落ち着きません。嫌な処置をされないことだけをひたすら心の中で祈ります。
やがて看護師さんに自分の名前を呼ばれて、母と一緒に診察室に入ります。

診察室ではいつものように先生が私の喉や胸の様子を確かめ、私の横で母が先生に風邪の症状を説明します。先生は「ああ、喉が赤くなってるねぇ…」などと言いながら、皺のあるゴツゴツした手で私の体を触診していきます。

お腹のあたりに先生の手が触れると、私は急にドキドキしてきます。でも、私は先生に緊張感を悟られないように落ち着いて振る舞おうとします。小学6年生にもなると、性格も大人びてきますから、自身の感情を表に出して他人に知られるのが気恥ずかしくなっています。

診察が終わると、私は看護師さんに「はい、こっちに来てね」と促されて、隣の処置室に連れて行かれます。母は診察室に残って、先生から説明を受けています。やっぱりこのまま家に帰れそうにはありません。
私は処置ベッドに誘導されながら、嫌な予感が高まってきます。

(えっ?…もしかして…。)

そう、たしか2年前も…。
6:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:48:20

と、その時、看護師さんが口を開きます。

「今日は浣腸するから、下はパンツだけで、そこに仰向けになってね。」

「はい…」。私は小さな声でそう答えるのがやっとでした。

「浣腸」。どんなことがあっても、絶対に耳にしたくなかった言葉です。
一瞬にして私は絶望の淵に突き落とされます。待合室にいた時から一抹の不安はあったものの、特にお腹の張りに苦しんでいたわけでもなかっただけに、不安が的中してしまった瞬間のショックは計り知れません。

(浣腸はイヤ…どうして?どうして?)

ベソをかきそうになりながら、どんなに心の中で叫んでも、この先の運命を変えることはできません。私に残された選択肢は、素直に看護師さんの言葉に従って、ここで浣腸処置を受けることしかないのです。

何をされるのかわからない、といった恐怖や不安はありません。いえ、それどころか、私を待ち受けている浣腸がどんなものかは、もう十分に知っています。でも、どんなにイヤであっても、私は拒絶することも逃げることも一切許されません。

「浣腸」。年頃の女子にとっては、なんと残酷な言葉でしょうか。ひとたびこの言葉を耳にしたら、もう動き始めた歯車を絶対に止めることができません。最後の目的である、あの強制排便まで。
私は絶望に打ちひしがれますが、必死に平静さを装いながら、そっと心の中で涙します。

看護師さんの指示通り、私はズボンを脱いで横の籠に入れてから、処置ベッドの上で仰向けになります。そして、堅い枕に頭を載せて、下半身がパンツ1枚の状態で天井を見上げます。

これから私が受ける処置の冷酷さを物語るかのように、天井では青白い蛍光灯が冷たい光を静かに放っています。
7:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:49:00

どれぐらい待った頃でしょうか。看護師さんがガラス浣腸器を銀色のトレイに載せてやってきます。もちろんグリセリンのお薬も一緒に。ガラス浣腸器を目の前にして、私は着実に強制排便の手順を踏まされていることを実感します。
あの浣腸器でお薬をお尻の穴から入れられると、絶対にウンチをさせられる…これから受ける処置の冷酷さを改めて強く感じます。

看護師さんに「お尻出すね」と言われます。パンツを膝まで降ろされ、お尻を剥き出しにされると、もう私は自分の運命を受け入れるしかありません。
ようやく私は覚悟を決めますが、看護師さんはさらに追い討ちをかけるように非情な言葉を投げかけてきます。

「じゃあ、膝を抱えてね。」

仰向けの私は両手を組んで膝を抱えます。でも、私がためらいがちで、姿勢が不十分だったせいか、看護師さんは「もう少しだけ倒すね」と言って、私の両脚を持ち上げながら、さらに膝を胸の方にゆっくりと倒していきます。
両膝を揃えて、性器部分を閉じた状態でこのようにされると、お尻の穴だけを差し出している感覚がさらに強くなります。

「はい、もう一度膝を抱えてね。」

看護師さんに言われた通りにすると、私のお尻の穴は日の下に晒されて、看護師さんの目の前にしっかりと差し出されてしまいます。それまではお尻の奥で人目に付くことなく、ひっそりと隠れていたはずなのに…。

浣腸していただく覚悟を決めたとはいえ、私はお尻の穴まで剥き出しにされて、強い恥ずかしさに襲われます。でも、看護師さんにとって、それは薬液注入に最も合理的な恰好にすぎません。それは強制排便に向けた厳粛な手順の一つにすぎないのです。

今、看護師さんの視線は、お尻の谷間で静かにすぼまっている私のお尻の穴に注がれているはずです。お尻の穴をじっくりと確認されて、そこを狙い撃ちするようにお薬を入れられる。それが浣腸なのですから。
私の恥じらいがどうあろうとも、事は淡々と進みます。

「はい、口を開けて息をして、お腹の力を抜いて。そうそう。」

看護師さんはそう言いながら、ガラス浣腸器の嘴管を肛門に挿入するために、私のお尻の谷間をグイッと開きます。

私は観念して、嵐が過ぎ去るのをじっと待つように、そっと目を閉じます。
8:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:50:05

ところが、なんということでしょう!

お尻の穴は私の絶望感や羞恥心をまったく意に介さず、まるで別人格のように振る舞い始めます。滑らかな膨らみを帯びた嘴管が入ってくると、喜んで待ち構えていたかのように一瞬緩み、嘴管の付け根まで咥え込みながら再び締まります。そして、ガラス浣腸器の外筒が押し当てられて、グリセリンのお薬が注入され始めると、ためらうことなく無邪気にもお薬を飲み込んでしまうのです。グリセリンは恥ずかしくて苦しい強制排便のお薬だというのに…。

少しだけ冷たいグリセリンが、私のお尻の穴から腸内にチュルルルッ…と入ってきます。

(あぁ…わたし、お腹の中を洗われてるんだ…。)

先ほど、浣腸していただくためにお尻の穴を差し出した時、強い羞恥を感じたのは間違いありません。お尻の穴にガラス浣腸器の嘴管がはめ込まれた時、もう逃げられないと悟ったのも間違いありません。ところが、今、グリセリンの薬液をお腹の中に注入されると、恥じらいや切なさと混じり合いながら、緩やかな快感が湧き上がってきます。

たしかに、小学4年生で初めて経験した不思議な感覚に似ているかもしれません。でも、最も大きな違いは、今の自分は柔らかな悦楽に浸っているということ。しかも、「お尻の穴を差し出すのは恥ずかしくて嫌なのに、お腹の中を洗われる感覚を喜んで受け入れている」という二律背反的感情に微かな興奮を感じ取っていたことも私は告白しなければなりません。この時の記憶は、ずっと忘れることがないでしょう。

看護師さんが淡々と浣腸処置を進める中で、私は湧き上がる感覚に身を任せつつ、揺れる感情の波間に漂い続けます。

強い羞恥と微かな悦楽の間で。

でも、それはあまりに残酷で切ない最終幕の時を告げるものでもありました。
9:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:51:08

ガラス浣腸器での薬液注入の完了とともに、悦楽も一瞬で終わります。私はすぐさま現実に引き戻されて、すぐにパンツを上げ、処置ベッドから降りてズボンをはき直します。お腹の痛みが強くなってくるのを我慢していると、トイレに行くことを看護師さんに許されます。

私は便意の限界を感じながらトイレに急ぎます。「お手洗」と書かれたドアを開けると、床から一段高くなった所に前向きで和式便器が設置されています。
ズボンとパンツを下ろし、便器に跨ってしゃがみ込むと、剥き出しのお尻を守ってくれるものは何もありません。

トイレの便器に跨ってしゃがみ込む恰好は、日常生活の他の場面ですることは絶対にありません。それは排泄だけを目的とした恰好です。
特に浣腸後の和式トイレでは、絶対に不始末がないように、お尻の穴の位置をしっかりと確かめながら、常に自らの排便姿勢を意識しなければなりません。私はこの姿勢を取ることで、排泄器官である肛門の存在を否応なく自覚させられ、自分が排便する存在であることを思い知らされます。

さらに便意が強まり、お尻の穴にすべての神経が集中します。排便音を他人に聞かれたくないとどんなに頑張っても、グリセリンで刺激された生理現象に逆らうことはできません。体を震わせて、お腹の痛みから逃れようとした瞬間、お尻の穴が一気に全開になって、大きな音とともに排便させられます。乙女心にはあまりに残酷な瞬間です。

普段、きれいな服を着て、かわいらしく振る舞っていれば、きっと周囲の人たちは私を可憐な女子と認めてくれるでしょう。でも、私にはお尻の穴がしっかりとついています。お尻の穴は汚いウンチを出すためのところです。
そして、私にお尻の穴がついている限り、浣腸は絶対に私を見逃してくれません。浣腸器でお尻の穴からお薬を入れられてしまったら、もう何もかもがおしまいです。どんなに清楚に気取っていても、私はすぐに追い詰められ、お腹に溜まっていた大便を我慢できずに出してしまうのです。

しばらくの間、私のお尻の穴は盛り上がり、残りの薬液を吐き出そうと苦しみ続けます。便器には薬液混じりの排泄物が広がっています。グリセリンの効果でお腹が渋くなって息むたびに、私は浣腸処置の現実に直面して、切ない気持ちになります。

ようやく落ち着くと、看護師さんに排泄物を確認してもらわなければなりません。時間を見計らって、看護師さんがやってきます。強制排便をさせられて放心状態にある私には、もはや抵抗感を抱くだけの気力は残っていません。

こうして私の浣腸処置はようやく終わりを迎えました。
10:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:52:06

風邪が治った私は、いつも通り学校に登校しました。当時の小児科では浣腸が珍しくありませんでしたので、私と同じような経験をした同級生は多くいたはずです。とはいえ、私は自分が受けた浣腸処置のことを絶対に話したくありませんでした。周囲の友達にも一切尋ねられなかったことは、私にとって幸運だったといえるでしょう。

当時の私は、浣腸をこの上なく恥ずかしい処置と思っていました。医療上の理由とはいえ、お尻の穴を差し出して触られた上に、お薬を入れられて強制排便までさせられてしまうのですから。

女子は男子よりも早熟ですから、6年生にもなると、香りや身だしなみにも気を遣うようになっています。未成年とはいえ、心理的には女性の領域に入りつつあるといってもよいでしょう。

それに対して、クラスの男子の中には、女子のスカートをめくったり、「カンチョー!」と言いながら他の男子のお尻を指で突いたりする子もいます。クラスの誰もが「浣腸」が何を意味するのかを知っています。男子生徒たちは異性への性的関心も強めていますから、下品な冗談や悪ふざけが好きな男子がいると、女子は少し眉をしかめて「呆れ顔のお姉さん」を演じることもあります。

学校はそうした世界ですから、もしも私が「お医者さんに行って浣腸された」などと打ち明けたら最後、たちまち私は浣腸処置の姿を同級生たちに想像されてしまいます。
処置ベッドに仰向けで、両脚を抱えてお尻の穴を差し出す姿。ガラス浣腸器でお尻の穴からお薬を入れられる姿。トイレでお尻を剥き出しにしてしゃがみ込む姿。お薬の刺激に耐えきれずに、大きな音を立てて排便する姿…。
どれも否定できない現実の私の姿であり、それを想像されることは女子にとって惨めで耐えられない屈辱です。ですから、私はあのできごとを絶対に隠し通さなければなりませんでした。

浣腸処置の羞恥も悦楽も、すべて心の奥底にしまっておきたい自分だけの秘密でした。そうした身体的反応が性的感覚に近いという自覚はありましたが、後ろめたさは一切感じませんでした。

自分だけの「浣腸の秘密」。強い羞恥と微かな悦楽の間で揺れ動いた私の中で、それは新たな衝動を引き起こしていきます。
11:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:52:41

それからしばらく経ったある日のできごとです。私は一人で家の留守番を任されていました。きっかけは覚えていないのですが、診療所での浣腸処置のことが私の脳裏に浮かび、同時にモヤモヤとした感覚が湧き起こりました。

居間の時計を見て、まだ誰も帰宅しないことを確認した上で、私は自室に急ぎます。スカートを脱いで畳んでから、ベッドの上で仰向けになります。
診療所の処置室と違って、自室では消毒臭もしませんし、ベッドもフカフカで柔らかくて、あの硬い処置ベッドの冷酷さも感じません。普段見慣れた光景で、何の緊張感もありません。でも、あの時の感覚を取り戻したい…。その感覚に少しでも近づくためには、パンツを下ろすしか他に方法がありません。
診療所での看護師さんの言葉を思い出しながら、パンツを膝のあたりまでゆっくり下ろします。それから、両脚をゆっくりと持ち上げて、手で膝の裏を抱えます。さらに両膝を胸の方に静かに倒していきます。

その瞬間、処置ベッドでお尻の穴を差し出した時の感覚が戻ってきます。この非日常的な恰好は、浣腸をいただくための恰好といってもよいでしょう。私のお尻の穴は、ガラス浣腸器の嘴管を受け入れる準備ができているはずです。

恥ずかしい浣腸。

あの時を思い出しながら、私はお尻の谷間を左手でゆっくりと開きながら、右手の中指を静かに這わせるようにお尻の穴に近づけます。
指が触れた瞬間、くすぐったく感じて、すぐにお尻の穴は固く閉じます。そのあと、少しリラックスしてお腹の力を抜いてから、再び優しく触れてみます。

お尻の谷間で息づく小さな蕾。この小さな蕾は自分の身体の一部でありながら、やはり今日も別人格のように感じます。そう、あの日の診療所で、喜々としてガラス浣腸器の嘴管を咥え込み、無邪気にグリセリンのお薬を飲み込んだのは、間違いなくこの小さな蕾でした。

私は少し柔らかくなった蕾をもう一度左手で広げて、右手の中指で皺の感覚を確かめながら、蕾の中心を優しく撫で続けます。お尻の穴がヒクヒクしていたことは今でもよく覚えています。私の中指は、ガラス浣腸器を恋い焦がれるお尻の穴を慰めるような存在だったのかもしれません。

しばらく愛撫を続けてから、私は静かに指を離して下着を元に戻し、急いでスカートをはき直します。

穏やかな日曜日の昼下がり。

家にいるのは私一人だけです。
12:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:53:13

小学6年の私は浣腸への特別な思いを抱き始めていました。たわいないエピソードですが、当時、叔母の家で起こったできごとを今でも思い出します。

従姉妹と私の3人で遊んでいた時、たまたま従妹が四つん這いになったタイミングで、ふざけた従姉が後ろからお尻の谷間を人差し指で突きました。従妹は怒って、「ママ~、お姉ちゃんがカンチョーする~!」と訴えます。
すると、それを聞いた母親(私の叔母)が従姉を叱ったのです。

「お姉ちゃん、何やってるの!浣腸ってどんな時にするか知ってるの?あなたはこの前、浣腸されたでしょ!」

叔母の叱責は少し的外れだったかもしれません。でも、私にとっては全くの不意打ちでした。私は従妹の「カンチョー」は軽く聞き流せたはずなのに、叔母の「浣腸」を耳にしたとたん、一瞬にして胸を射抜かれたような感覚に陥りました。叔母が2回続けて発した「浣腸」という言葉の気迫に押されて、まるで自分の浣腸処置を知られてしまったかのように激しく動揺したのです。

「浣腸」。

なんて恥ずかしい言葉でしょう…。処置ベッド、ガラス浣腸器、強制排便…診療所での記憶が一気によみがえります。きっと、その時の私は、顔を赤らめながら、心臓が飛び出るほどバクバクしていたに違いありません。

そして私と同じように、従姉も浣腸の恥ずかしさを経験していたはずです。彼女は浣腸の事実を母親に暴露されて、うつむき加減でしばらく沈黙していました。私はそんな彼女を気の毒に思いながらも、彼女が受けた処置のことが気になって仕方ありませんでした。

(病院で浣腸されたのかな?私と同じような恰好で浣腸されたのかな?トイレでウンチさせられた時はどんな気持ちだったのかな?)

いろんな疑問が湧いてきましたが、結局、その頃の私には彼女にそれを尋ねる勇気がありませんでした。それが少し心残りです。もしも一歩踏み出して、二人きりで浣腸についておしゃべりする機会があれば、お互いの体験を話して共感しあえたのかもしれません。
13:Clio :

2021/11/14 (Sun) 22:53:54

それから時が経ち、中学生の頃だったでしょうか。偶然、ガラス浣腸器の写真を見る機会がありました。もちろん私は診療所での浣腸処置を思い出しましたが、それと同時に、浣腸器の嘴管の滑らかな膨らみに気づきました。
小学6年で浣腸された時、ガラス浣腸器の先が肛門にスルッと入ってくる感覚や、硬いガラスの外筒が柔らかい肛門に押し当てられる感覚は意識していました。そして、ガラス浣腸器の先端部分の独特の形状を写真で確認できたことで、私は嘴管の膨らみに強く惹かれ始めました。

注射器と異なり、ガラス浣腸器は肛門に挿して薬液を確実に注入できるように、嘴管の中央部分が太くなっています。美しく滑らかな嘴管の形状は、肛門挿入と薬液注入の合理性に沿って、強制排便という最終目的に向かっているのです。ガラス浣腸器の機能美の裏に秘められた冷徹な目的。ガラスの冷たい質感や嘴管の膨らみは、それだけでも厳しい懲罰のように感じます。

こうして、私はガラス浣腸器の冷酷さに気づいてから、浣腸による懲罰願望を抱くようになりました。ガラス浣腸器は欲しくても入手できないので、私はイチジク浣腸の先にワセリンを塗ってお尻の穴に挿すことを覚えました。

日常生活で反省の必要がある時、悪い子は浣腸で罰せられます。診療所でされたように、仰向けでパンツを下ろしてから、両脚を上げて膝の裏でしっかりと抱えます。こうしてお尻の穴の準備ができると、私は「浣腸…浣腸…」とつぶやきながら、イチジク浣腸の先端をゆっくりと出し入れします。
さらに浣腸液をお尻の穴から注入されると、絶対に排便から逃れられません。強制排便は女子の慎ましさを崩壊させる究極の懲罰ともいえるでしょう。

でも、この究極の懲罰は悦楽と紙一重です。お尻の穴がグリセリンのお薬を飲み込んだ瞬間から、私の身体は二律背反的な感覚に満ち溢れます。私は強制排便の辛さや厳しさを感じながらも、粗相をしないように必死に我慢したり、グリセリンの刺激に耐え切れずに大便を漏らしたりすることに言い知れぬ切なさを抱きます。この切なさは、恥ずかしさ、苦しさ、気持ちよさが複雑に入り混じった感覚で、厳しい懲罰を受けている感覚が強いほど、切なさもいっそう高まるのです。こうして私は浣腸の悦楽を追い求めるようになりました。
14:Clio :

2021/11/17 (Wed) 22:20:29

中学生以降、私はイチジク浣腸に浣腸の悦楽を見出していました。とはいえ、やはりイチジク浣腸とガラス浣腸器は別物です。ガラス浣腸器は特別な存在で、嘴管の誘惑は私の意識の中で新たな浣腸欲求を引き起こしました。「他者の肛門が嘴管を咥えて、薬液を飲み込む場面を見たい」という気持ちが徐々に芽生え始め、やがてそれは「ガラス浣腸器の挿入から排便に至るまでの様子を観察したい」という欲求に発展していきました。

妄想の世界は、自らが経験しなかったトイレでの排便管理にまで広がりました。妄想では従姉が患者となりました。従姉とは小さい頃から一緒にお風呂に入ることもあったため、小学校高学年頃になると、私は彼女の綺麗な形のお尻を意識し始めていました。もしかすると、そうした感情が彼女の浣腸経験と混じり合って、私の中で特別な妄想を生じさせたのかもしれません。

(彼女がグリセリンの刺激に耐え切れずにウンチを漏らしてしまう時、私はトイレのドアを開けて、和式便器に跨った彼女の後ろ姿を観察しています。
排便が終わると、肛門の確認です。彼女を中腰で前かがみの恰好にさせると、美しく盛り上がった張りのある双丘が差し出されます。
さらにお尻の谷間を大きく開くと、私の眼前で彼女のお尻の穴が剥き出しになります。ガラス浣腸器を深くはめ込まれ、強制排便させられたお尻の穴。私はそのすぼんだ皺までもじっくりと確認していきます。)

浣腸の魔力に引き寄せられながら、私が紡ぐ物語はとどまるところを知りません。とはいえ、それは一瞬の儚い泡沫(うたかた)のように、決して成就しない永遠の妄想にすぎないのです。
でも、それでよいのかもしれません。永遠の妄想こそ、私がうたかたの日々を生きる何よりの証なのですから。
15:Clio :

2021/11/17 (Wed) 22:21:20

小6の時の浣腸は思春期に入ったばかりの女子には恥ずかしすぎる経験で今でも鮮明に焼き付いています。あの時の経験以来、私は「浣腸」という言葉を見聞きするだけでも強く動揺してきました。

浣腸はとても恥ずかしいです。でも、忘れることができません。
冷酷な「浣腸」の一言でお尻の穴を差し出させられる感覚、ガラス浣腸器の嘴管を埋め込まれてお尻の穴を支配される感覚、浣腸液を注入されてお腹の中を洗われる感覚、お腹の痛みで体を震わせながら鳥肌を立ててギリギリまで便意を我慢する感覚、最後は耐え切れずにお尻の穴を全開にしてウンチを出させられてしまう感覚…。私はそうした切なさに身悶えしながらも、浣腸の厳粛さに強く惹かれ続けています。

いかなる女子の傲慢さも、浣腸の前では無力です。浣腸は純真無垢を装う女子の邪悪な部分を瞬時に見抜いて、容赦なく冷徹な懲罰を与えます。
私は道を踏み外してしまった時、浣腸の懲罰を受けます。慎み深く隠していたお尻の穴を恥ずかしく晒されて、強制排便の処置で厳しく罰せられます。私がどんなに清楚に振る舞っていても、お尻の穴からグリセリンのお薬を入れられると、お腹に溜まった汚く邪悪なものを出させられてしまいます。

でも、私の中には浣腸のごほうびを待ち焦がれる「もう一人の私」がいます。ガラス浣腸器をお尻の穴に深くはめ込まれてお薬をいただく経験は、一度知ってしまうと決して忘れられません。「もう一人の私」は浣腸の魔力に屈してお尻の穴を差し出し、強制排便さえも喜んで受け入れてしまうのです。
いったい本当の私はどこにいるのでしょうか。私の中にある「浣腸されたいという願望」は何なのでしょうか。もしかすると、私は未知の自分に戸惑いながらも、自分が何者なのかを探る道を歩んでいるのかもしれません。

診療所での浣腸の記憶。それは私の中に深く刻み込まれました。
そして今もなお、私が「浣腸」に心乱されることは夫にも子供にも内緒にしています。


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16:Clio :

2022/01/05 (Wed) 05:37:23

みなさま

私の手記「診療所での浣腸の記憶」はこれで完結です。初回投稿から1か月半以上かかりましたが、なんとか最後まで書きあげることができて、ほっとしています。みなさまの見守りのおかげで、穏やかな心で執筆を続けることができました。どうもありがとうございました。 C.
17:seek :

2022/02/16 (Wed) 01:16:21

最高でした!
現在の浣腸に対する行為を聞かせていただきたいです。
機会があればぜひ、期待しております。
18:Clio :

2022/04/04 (Mon) 01:05:39

seekさま
すっかりお返事が遅れてしまいごめんなさい。
手記をお気に召していただけて大変嬉しく思っています。
私は現在は病院で浣腸される機会がありませんので、こちらの掲示板で皆様の体験談を読みながら想像力をふくらませています。 C.

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